救急車のサイレン、気になりますよね

消防署が近いせいか、救急車のサイレンの音が毎日のように響きます。

40年以上前に分譲地として一斉に売り出された土地で、働き盛りの同年代の人たちで構成された近隣の家々です。

なので、現在はほとんどが80代。子供たちと同居している人たちもありますが、救急車のサイレンの方角によって、あそこか?ここか?と心配になる家々です。

 

そして先日、救急車が家の前に止まりました。

何回か救急車のお世話になったこともあり、いつぽっくり行ってもおかしくない両親なので、近所の人たちが心配そうに顔を出します。

私もぼーっとした顔を出したものだから、

ん? ん? ん?

救急隊員まで  ん?

 

今回は、お隣の赤ちゃんがのどにチーズを詰まらせたとかで救急車を呼んだようです。

病院から帰ってきたときはすっかり元気になって、笑顔で挨拶をしに来てくれました。

 

とはいえ、救急車にちょっと過敏になっている私と

家の前に横付けされたにもかかわらず、全く気付いていなかった両親ののんびりさに

まぁ、ほっとした(ような)1日でした。

 

遺影写真がほしいのだ!

お位牌が欲しい

お墓を買うぞ

仏壇が欲しい

・・・

とまぁ、次から次へ。

この数年、とにかく自分が死んだあとのものが欲しくて仕方がないらしいんです。

家族としては、それより整理整頓してくほしいのだけれど・・・。

 

亡くなる前に、欲しいものがあるのなら、自分のお金なんだから何を買ってもいいのだけれど、お墓がめちゃくちゃド田舎で、誰もお参りに行けないようなところだったり(自分もたどり着けなかったのであきらめたようです)、お位牌も母が欲しくないと言ったら逆切れしたり、と大変。

 

お墓でもお位牌でもその他の何にしても、もう自分で探す力はなくなってしまって、すべて私が探すことになって。何でもいいから、形があればいいからというけれど、探すこちらの身になると・・・。

もちろん、「これは?」というと、あーだこーだと言われるし。

 

と、文句はこの辺で、すっきりしてきたので。
今回は急に、遺影写真が欲しいと言い出しました。

PCに入っている写真を引き伸ばして、額に入れてみるときれいにできていると喜んではいるものの、写真屋さんに撮ってもらわなくてはいけないのだといわれます。(誰が決めたんだか)

きれいに撮ってもらうカメラマンや、いろいろと特長のある写真館などをネットで探して説明をして・・・。
(結構たくさんあるのですよ)

そして、父の知っている、昔々カメラを購入したり、証明写真などを撮ってもらっていたカメラ屋さんがまだやっているらしいと一言言ってしまったら、もうそこ以外に耳に入らなくなってしまいました。
(私の検索と説明の努力は・・・)

代が変わって息子さんがそのカメラ屋さんを引き継いでいて、出張撮影もしてくれるというので、そこにお願いすることになりました。

 

カメラ屋さんだから、衣装は自前で、大きな修正もなしだよという話をして、昔の人の考える直立不動のような遺影写真がいいのか、いつもの笑顔の父の顔がいいのかを自分で決めてもらったはずなのに、
直前に衣装は持ってきてくれるのだろうとか、家の中のどこで撮るんだとか・・・、わけわからん!

 

ということで、すったもんだがありましたが、なんとかやっと終了し、笑顔の素敵な写真を撮ってもらうことができました。
ご満悦だった・・・ようです。

 

で、写真をもらって1週間もたたないうちに、またいろいろ言いだしています・・・!